東京地方裁判所 昭和46年(ワ)1049号 判決
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〔判決理由〕二 被告谷貝は同被告の過失を争い、被告平井、同桑野は自賠法三条但書の免責を主張し原告はそれを争うので、以下この点につき判断する。
(一) <証拠>によると次の事実が認められる。
(1) 本件事故現場は、下田駅方面から白浜方面に通ずる国道一三五号線(東伊豆有料道路、(以下本件道路という)上の、下田町柿崎一〇の一所在木田隆司方玄関前の場所である。本件道路は幅員七米の歩車道の区別のない道路でセンターラインの表示があり、下田駅方面から白浜方面に向つて(以下単に道路右側、左側というときはこの方向による)右側は海であるが、左側は幅数一〇糎の側溝をはさんで高さ約一米の石垣の人に人家が並んでおり(ただし木田方の下田駅寄りは空地である)、木田方玄関先からは三段の階段を下りて道路に出るようになつている。本件道路は下田駅方面から事故現場付近まで左にカーブしており事故現場から白浜方面に向つては直線になつている。そして木田方玄関先の下田駅寄りの石垣上に電柱、道路標識およびくさむらがあるため、下田駅方面から事故現場にさしかかる車両運転者にとつて、木田方前の階段、特にその段上に対する見通しは極めて悪い。事故現場は制限速度の指定はなく、従つて普通乗用用車の制限速度は法定の毎時六〇粁である。
(2) 被告谷貝は加害車を運転して、本件道路のセンターラインより左側部分を、時速四〇ないし五〇粁の速度で下田駅方面から本件事故現場に差しかかり、木田方玄関前より約一〇米手前に達した地点で、原告が同玄関先階段から道路上に出てくるのを発見し、急拠制動をかけ、一旦制動をゆるめながら右にハンドルを切り再び制動をかける措置をとつたが、右発見位置から約一一米進行して、右階段のすぐ前の道路左端から1.9米中央寄りの地点で、加害車左側前部を原告に接触させ、原告を左前方に約八米はねとばし、加害車は衝突地点から約8.6米右前方に進行して、対向車線上に停止した。事故跡に右側16.5米、左側12.5米の中ほどが薄くなつたスリップ痕二条を残した。なお前記階段上から衝突地点までの距離は3.5米である。
(3) 原告は、当日勤務先の同僚等と飲酒し、焼酊四合位を飲んで、独りで道路を歩くことが危険な程度に酩酊し、同僚の一人に親戚の前記木田隆司方(同人の妻木木田初子が原告の妻の妹に当る)に送り届けられた。そして木田隆司が不在のため玄関内で初子と暫く言葉を交わした後帰宅することになつたが、初子が原告を独りで帰すのは危険と思つてタクシーを拾うから待てというのを聴かず、玄関を出て前記階段から道路上に降り、前認定のとおり加害車に衝突された。
原告は道路上に降りるに当り、酩酊のため車両の通行に対する安全確認を怠り、しかも普通の歩行速度よりはかなり速い速さで階段を降りて道路に出た(その速さについて詳しくは後述)。
(4) 加害車運転席から木田方玄関先階段の見通しの悪いことは前認定のとおりであるが、その階段の上は被告谷貝が前記のように原告を発見した位置(約一〇米下田駅寄りの地点)以上下田駅に寄つた地点からは見通すことが困難である<証拠略>が、階段を下るにつれて順次見通しはよくなり、階段の下はそれよりかなり手前で見通しうる<証拠略>。
以上のとおり認められ、<中略>措信せず、他に右認定を左右すべき証拠はない。
(二) 右認定によれば、本件事故の第一の原因は原告が飲酒酩酊のため道路上の車両の通行に注意しないでしかも相当速い速さで階段から道路上に出た過失にあるものというべきであり(なお被告らは木田初子の監護上の過失を主張するが、同女に原告を監護すべき義務があるとみるべき根拠はない。)、そして被告谷貝としては、時速四〇粁ないし五〇粁の速度で進行中進路左前方一〇米の地点に進出してくる原告を認めた後において、制動およびハンドル操作等によつて原告との衝突を回避する余地がなかつたことは明らかといわなければならない。
そこで被告谷貝の過失の有無を考えるに当つては、同被告が右認定のように同被告が原告を発見する以前の段階において、同被告の運転措置に欠くるところがなかつたか否か、即ち原告の姿をより早く発見すべき注意義務および右認定の速度以下に予め減速して進行すべき注意義務とその違反の存否について考察する必要がある。
(三) ところで、本件事故現場の道路は、道路左側に沿つて小高いところに人家が並び、人家から階段を降りれば直ちに車道に接する、住民の安全にとつては極めて不備な状態にある一方車両の通行にとつては、安全舗装されセンターラインが設けられた極めて軽快な有料観光道路であり、そこには、南伊豆の観光開発に伴い、自動車交通に対する住民の安全をひとまずおいて、とりあえず自動車交通の円滑だけを優先させている面を否定することができない(その後道路拡張により歩道が完備され住民の安全も併わせて保護されるに至つている。)。このような道路状況における車両運転者の注意義務を考えるに当つて、運転者の人格責任を問う刑事手続と異り、かかる事情下において現に発生した人身損害を公平に分配すべきことが要求される損害賠償訴訟においては、本件道路が自動車の通行のために完備された指定制限速度のない有料観光道路であるといつた観点にとらわれることなく、むしろ人家の出入口と歩車道の区別なく接した不備な道路であるという観点から、高度の注意義務を要求すべきものである。
しかるところ本件事故現場は、下田駅方面から差しかかつた場合カーブとくさむら等障害物のため木田方玄関先の見通しが極めて悪いのであるから、車両運転者としては、人家の方から幼児その他不注意な住民が車両の通行に意を用いないで道路上に出てくる場合のあることも予測し、進路前方左側の人家出入口方向を注視し(ただ単に前方に注意している程度では足りない。)かつ適度に減速して右のような不測の事態に備えるべき注意義務があるものというべきである。そして本件事故現場の状況に鑑み、要請される減速の程度は、時速五〇粁で足りないことはもとより、四〇粁でも十分とはいえないであろう。
(四) 右の前提で被告谷貝の過失の有無およびそれと事故との因果関係の有無を考えるに当つて、原告が木田方玄関先から道路上に出るまでの行動態様およびその速度ならびに被告谷貝が原告を発見したときの原告の位置がとりわけ重要であるので、これにつき証拠を検討する。
<証拠判断略>
これらの事情を綜合すると、右証言および被告谷貝の供述中、被告谷貝が階段の上にいる原告を木田初子の姿と共にまず発見し、その後原告がとび降りるような速さで道路上に出てきたとの部分は措信することができないというべきである。
そうすると右の点について措信しうる直接の証拠はないことに帰するから、この点については以上措信しえない部分を除いて叙上の証拠を綜合し、前(一)項に認定した客観的状況に経験則をあてはめて合理的に判断するほかないところ、原告は酩酊のため「ふらふら」しながらあるいは「どたどた」ともつれるように、即ち通常の歩行速度よりかなり速いが、勢いよく駈け出すよりは遅い程度の速さで階段から路上に降り、被告谷貝は一応前方に対する通常の注意をしていたものの特に木田方玄関先方向を注視することはしていなかつたため、その途中の原告の姿を階段の半ばの位置に初めて発見したにすぎないものと推認するのが最も自然であつて相当というべきである。
(五) 右事故態様を前提として考えると、被告谷貝としては、右階段の上の位置は前記①の地点(同被告が原告を発見した地点――編注)以前では発見しえないものの、階段の下の方にいけばいくほど見通しはよくなるのであかるから、加害車の速度を毎時四〇粁より低く例えば三〇粁程度に減速し(前(三)項の判断によれば本件事故現場にさしかかるには少なくともこの程度の減速義務を要求しうるものと考えるべきである。)たうえ、木田方玄関先方向を注視していれば、①よりさらに数米手前の地点で原告の姿を発見しえ<証拠略>、その際右程度の速度ならば直ちに適切な制動措置を講ずることによつて、原告との衝突を回避しえたものと認めることができる(乾燥舗装道路において時速三〇粁で十数米の間隔があればその手前で停止しうることは経験則上肯認しうる―最高裁事務総局編昭和四五年三月民事裁判資料第九七号交通事故関係資料六一頁五二図参照)ところ、同被告は必要な減速をしないで本件事故現場にさしかかりしかも木田方玄関先方面の注視が十分でなかつた過失により、原告の発見が若干遅れるとともに制動措置も及ばず本件事故を発生させたものということができる。
(六) よつて、被告谷貝はその過失によつて本件事故を発生させたものとして民法七〇九条により本件事故に基づく原告の受傷損害を賠償する責任があり、また被告平井および同桑野の自賠法三条但書の免責の主張も理由がないことが明らかであるから、同被告らは同条本文により加害車の運行供用者として右同様の責任があるものといわなくてはならない。
(浜崎恭生)